労働問題第1回 労働契約時の労働条件明示

労働問題を全30回で考えていきます。第1回目は、労働契約の初めの部分、労働契約の成立時における労働条件明示について考えます。

1 労働条件の複雑化

 従来は、学校や大学卒業後に就職して、長期間雇用されることが通常でした。しかし、現在では、使用者側としては、即戦力としての中途採用やヘッドハンティングなどが行われ、労働者側としてもリストラによる転職やキャリアアップのために転職をする機会が増えいます。そのような中で、労働条件や双方の思惑も複雑になっています。そこで、使用者が雇用の前提条件についての正確な説明や情報を与えなかったために雇用されることを信じた労働者からの地位確認や、使用者側の説明を信頼したことによって失った利益についての損害賠償を求める事例が増加しています。

労働契約成立過程において、使用者側は、どの程度の労働条件に関する正確な説明ないし情報を与える必要があるのでしょうか?

2 労働条件明示の原則

労基法15条1項は、使用者が労働者に対し、労働条件を明示する義務があると定めています。これは、労働条件を曖昧なままにしておくと事実上、使用者側が一方的に労働条件を決定することになるという危険があるために、それを防止するために規定されたものなどと言われていますね。

職業安定法にも規定があります。その5条の3は、公共職業安定所、職業紹介事業者等が求職者に対し従事すべき業務の内容及び労働条件を明示する義務を定めています。これも、職業安定所などが、求職者に対して、真実の労働条件の認識させたうえ、他の求人との比較検討する機会を与え、虚偽の労働条件を信頼したことによる予期に反した悪条件で労働を強いられる弊害を防止することにあるなどと言われています。

しかし、労働関係が流動化して多様化した現在においては、例えば、中途採用者について、新卒採用者と比較してどのような条件とするかなど、「求人」や「面接」の段階では説明しきれない部分があることは否定できません。そのような場合には、個別に労働条件についての契約内容を確定させていくしかありません。つまり、どのような「申込み」があって「承諾」があったか、どのような条件で意思の合致があったかどうかを判断していくしかありません。

使用者側の「申込み」に当たるかについて、よく問題となるのは「求人広告」です。一般に、求人票や求人広告は、個別の労働者との接触以前のものなので、「申込み」には当たらないものの、申込みを誘ったものとして、その後、その内容を否定しない限りは契約の内容となると判断されることが多いようです。

3 リーディング・ケース(東京高判平成12年4月19日)

 この事件は、中途採用者が、会社に対し、同年新卒採用者の平均給与を保障することが契約内容となっていたとして、現実給与(これが同年新卒採用者の下限となっていました)と同年新卒採用者の平均給与との差額の賃金支払や慰謝料請求をした事案です。会社は、当時、中途採用を計画的に推進するための運用基準として「当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し、個別に決定する」としていましたが、募集広告には「もちろんハンディはなし。新卒入社社員の現時点での給与と同額をお約束いたします」などと記載されており、説明会においても、給与については別紙のとおりとのみ記載されていました。

裁判所は、①「求人広告」について個別的な労働契約の申込みと見ることはできないなどとして「申込み」とは言えないとし、②説明会のやりとりについても、給与の具体的な額や格付けを確定するに足りる明確な意思表示を認めることはできないとして、同年新卒者平均賃金によることが労働契約の内容となっていることを否定しました。もっとも、③会社が下限による格付を決定しながら、自己の利益のためそのことを明示せず、求人広告と面接・説明会において、同年新卒採用者平均賃金と同等の給与待遇を受けると信じかねないような説明をしたことが、労基法15条項に違反し、契約締結過程における信義誠実の原則に反するとしました。

つまり、同年新卒採用者の平均給与の待遇が保障されているとの部分については、意思の合致が認められないから労働契約の内容とはなっておらず賃金請求はできないものの、会社側に労働契約締結の過程において信義誠実に反するような説明義務違反があったから、会社側に不法行為が成立すると判断したのです。

会社としては、労働契約の重要部分について(それが不利益な事項を含むのであれば、なおさら)、説明して、書面化しておくことが必要です。

 

 

 

この記事を書いた弁護士

田中敦
田中敦
岐阜県土岐市出身,多治見北高・北海道大学卒。
瑞浪市役所勤務後,法科大学院に入学し,弁護士資格を取得。
法科大学院では労働法を専攻。
現在は,交通事故案件,労働案件(事業主側)を中心的に取り扱っています。

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